深夜の静まり返ったオフィスビルで、Yさんはリリース直前のデバッグ作業に追われていた。数日間に及ぶ徹夜の連続で疲労はピークに達し、頭痛と眼精疲労に耐えながら、自席で黙々とコードの修正を続けていた。
限界を迎えた脳を覚醒させようと、Yさんは席を立ち、明かりの落ちた暗いフロアを抜けて給湯室手前のリフレッシュルームへと向かった。
通路の先にある自動販売機の明かりだけが、白く冷たい光を投げかけている。その自販機の正面に、背を向けてじっと突っ立っている同僚の姿があった。同じチームのプログラマーだったはずだ。
「こんな時間にお疲れ様です」
疲れた声で声をかけたが返事はない。同僚はボタンを押すでもなく、ただ直立したまま微動だにしなかった。
機嫌が悪いのか、あるいは同じく徹夜で意識が飛んでいるのか。不審に思いながら近づいたYさんは、買おうとしていた冷たい缶コーヒーのボタンに手を伸ばそうと、その同僚の横を通り過ぎようとした。
ふと視界の端に、自販機のボタンの隙間に挟まった、見慣れない不自然な何かが映った。だが、それに目を向ける間もなく、隣に立つ同僚の気配に全身の毛穴が逆立った。
ハッとして、その人物の横顔を覗き込んだ。
見知っていた同僚の服を着ている。しかし、瞳の位置がわずかに下がりすぎている。口の裂け目は本来の比率より不自然に横へ広く、顔のパーツの配置が明らかに歪んでいた。人間のものではないバランスに組み替えられた顔が、こちらを見ることもなく、ただ自販機のパネルを見つめている。
背筋が凍りつき、喉の奥から声にならない悲鳴が漏れかけた。
その瞬間、自販機の蛍光灯が「ジジジ…」と耳障りなノイズを立てて激しく明滅し、フロア全体が暗闇に包まれた。
パニックになったYさんは振り返ることも忘れ、自分の席めがけて暗がりの中を無我夢中で走り抜け、デスクにしがみつくようにして朝を迎えた。
翌朝、フロアに他のメンバーが出社してきた頃には、同僚も何食わぬ顔で自分の席に座り、普通にキーボードを叩いていた。



0 件のコメント:
コメントを投稿
I'm sorry, Japanese text only.
荒らし目的と思われるコメントは気づき次第対処します。