個人で動画の編集作業を行っているSさんが、過去に遭遇した出来事。
深夜の静まり返った部屋で、Sさんは動画編集ソフトを起動し、夜通しカットパターンの細かい調整に没頭していた。タイムラインに並ぶ素材の繋ぎ目を微修正し、プレビュー画面を確認しながら、延々と地道な作業を繰り返していた。
画面の明かりだけが頼りの暗い室内。数時間に及ぶ作業ですっかり疲弊し、まばたきの回数も減っていたその時だった。
タイムラインの特定のシーンで、ふと違和感を覚えて手を止めた。
登場人物のモーションでも、背景として配置した素材でもない。その映像のなかにほんのワンフレームだけ、不自然な黒い影のようなものが挟まっている。
「ん? チリゴミでも噛んだか?」
Sさんは首を傾げプレビューのシークバーを巻き戻した。そして、その不審なフレームの前後をマウスで細かくコマ送りしながら確認していった。
1フレーム前、2フレーム前、さらにその前へ。
再生されているのは、当然ながら自分が読み込ませた編集用の映像素材のいはずだった。しかし、コマ送りを巻き戻すにつれて、映像の内容ではない「別のもの」が画面の端に浮かび上がってきた。
それは編集素材の風景ではない。プレビューモニターのガラス面に、微かに反射して映り込んでいる部屋の光景だった。
そこには夜の部屋で椅子に座り込んでいるはずのSさんの背後から、天井の暗がりを這うようにして、じっとモニターの画面を覗き込んでいる青白い顔が少しずつ近づいてくる様子が記録されていた。
一コマ進めるごとに、その顔は確実にSさんへと距離を詰めている。
「…は?」
喉の奥が凍りつき、声が出なくなった。
現実の部屋の中ではなく、作業用ソフトのプレビューモニター越しに、背後の気配が確実に迫ってくる。
心臓の音がうるさいほど耳の奥で響いた。恐る恐る、Sさんは自分の背後を確かめたが、そこには何もいない。
しかし、視線を再びモニターに戻すと、タイムラインの再生ヘッドは今まさにその「最後の1フレーム」に重なろうとしていた。
反射的にAlt+F4キーを叩き、動画編集ソフトを無理やり強制終了させた。
ブツンとソフトウェアが落ち、モニターの映像が真っ暗なデスクトップ画面に切り替わると、部屋の冷気が急に肌を刺すように感じられた。
それ以来、Sさんは夜間に動画編集ソフトを開くことができなくなり、どうしても作業をしなければならない時でも、背後に必ず壁を背負うように椅子を配置するようになったという。


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